ジキル博士とハイド氏|善と悪の間で

記事内に広告を含みます。


子どもの頃は本は好きではなかったけれど、学生の頃から本を読む楽しさを知りました。
それから面白そうな本を見つけては買って、読んで、としています。
たくさん買っても重くないので電子書籍は便利~なんて思っていましたが、それでもふらりと本屋さんに行って面白そうな本を探すのが楽しいです。
天気が良くて仕事がない日は、都内の本屋さんにふらりと立ち寄ったりしています。

そういうわけで、引っ張り出してきました。ちょっと古い本ですが、ジキル博士です。


観よう思ったキッカケ

小説は読んだことがありましたが映画化されたものは観たことがなかったので。
見てみようと思ったのであります!
どうやら人気のあるのはこの1932年制作のものだということでこちらを観ようと。


ざっくり映画情報

原題:ジキル博士とハイド氏(Dr. Jekyll and Mr. Hyde)
公開年:1932
制作国:アメリカ
監督:ルーベン・マムーリアン

キャスト
ヘンリー・ジキル博士/エドワード・ハイド氏:フレドリック・マーチ
アイヴィー・ペアソン:ミリアム・ホプキンス
ミュリエル・カルー:ローズ・ホバート
ラニョン博士:ホームズ・ハーバート
ダンヴァズ・カルー准将:ハリエル・ホブズ
プール(ジキル博士の執事):エドガー・ノートン


あらすじ的な

高名な医師であるジキル博士。
人間が持つ魂について研究をしている彼は、人の心の中にある善と悪を切り離すことができるのではないか?
理性と本能。
社会的な自分と抑え込んでいる衝動を切り離すことが出来れば、善である人格はさらなる高みを目指せるのではないのかと考え、その境界を明らかにしようとした彼は、自らの体を使った実験に踏み出す。

やがて現れる、もうひとつの人格——ハイド。
ジキルとは正反対の存在でありながら、どこか切り離せないその影は次第に暴走していく。


思ったこと、感じたこと

「ジーキル博士とハイド氏」 と「ジキル博士とハイド氏」
小説と映画は同じようで同じでなかったというか、同じ物語でも見せ方が違ったというのかな。
小説はハッキリとしない不気味さがじわじわ広がっていくのに対して、映画はもっと直接的に人間の内側をさらけ出してくる感じがするっていうか。
小説の方は語り手があるし物語の進み方も違う印象なのだけれども、映画はわかりやすくてよき。ジキル博士がどうなっていくのかというのがわかりやすい。

ジキル博士は本当に善の塊のようなそんな描写でしたね。貧しい人々のために診療をしたり困っている人がいれば助けに入ったりと善人の行いをしているそんなジキル博士です。
そんなジキル博士とミュリエルとのテラスでの会話がとても美しい。
ああこの2人は愛し合っているのだなとわかるシーンです。そしてミュリエルがジキル博士のことを「ダーリン」と呼ぶくだりがあるのだけど、これにはうっとり。
俳優さんたちが美しいっていうのはもちろんなのだけど、モノクロならではの美しさがありました。
そんな美しい愛を育む2人の結婚を妨げるのがいつの時代も娘の父親なのですね。
いや、きっとそこにも父親の愛情が確かにあるのです!
でも恋する気持ちは止められない。ジキル博士はミュリエルとの結婚の時期を早めてほしいのに対してミュリエルの父親はそれを認めない。ミュリエルを愛する博士とミュリエルを愛する父親の攻防戦が続く。
うぉぉぉ!はかせー!がんばれーー!!と応援している私がいましたがジキル博士がラニョン博士に「It’s a pity I didn’t strangle the old walrus」って言ってて、えぇってなったよ。
絞め殺せなくて残念だみたいな。the old walrusってことは老いたセイウチ=ミュリエル(父)
ぉぅ・・・へんりー。
10分前までは少女が歩けるようにと励ましていた心優しき博士だったのに、もう今は敵意むき出しの博士がいた。
悪口なんだけど悪口なのか一瞬わからなくなる。すごいな文学的悪口。
うんうん。まあでもそうだよね。愛するミュリエルとの結婚が待て待てと言われ続けているのだもの。
そりゃちょっと悪口もいいたくなるよね。と理解ある見方で映画をすすめていくわたくし。

そしてアイビー・ピアスンの誘惑にジキル博士の心が揺れてしまう瞬間を見つけてしまったわたくし。
まあ、あの妖艶なアイビー・ピアスンのお誘いに断れる人がいるのだろうかっていうね。私だってドキドキしちゃったわよ!と理解ある見方で映画をすすめていくわたくし(2回目)
もうこの時点で人間は様々な感情をもっているのだということがわかるよね。ジキル博士に焦点を当てて作品をみていくと、ジキル博士の感情の揺れをたくさん感じます。

でね、この作品の登場人物でいいなーと思うのがラニョン博士よね。
事なかれ主義な人物なのかなーなんて思いながらも、毎度正論を述べるし、言いたいこともきちんと伝える強さもある。ただちょっとお堅いかなって気もするが、そこがいい。いい人なんだと思う、ラニョン博士。
ジキル博士の言動に細かく注意したりするけど、でも見捨てない理解しようしているっていうあたりに心の広さを感じました。職場に3人くらいいてほしい存在。部長がラニョン博士で課長もラニョン博士だったら安心。

まあそんなこんなでジキル博士とハイド氏とその他登場人物による物語は進んでいく。
人は善と悪の両方の素質を持っていて、その善悪の境界というものは思っているよりずっと曖昧なんだよなと思う。
願望と現実のあいだに立ちながら理想を求めて日々を生きているのだろう。そして善にも悪にもなり得る瞬間は日常にはたくさん存在していて、人それぞれ守らなきゃならない部分があるし超えてはいけない領域もある。
しかも善と悪の境界も人それぞれ違うのだ。

日常には誘惑が多い。善と悪とで揺れ動く日々である。揺れ動く中でも守り通せたらその魂は善の域。
失敗して間違いに気が付いて、そうやって何が善で何が悪かを自分の中で決めていくのだろう。
そういう描写がわかりやすい作品だなと思いました。


お気に入りポイント

  • ジキル博士とミュリエルのテラスでのひととき
  • モノクロームの美しさ
  • 友人であるラニョン博士との会話

わたくし
わたくし

ジキル博士からハイド氏に変身するところ。当時の撮影技術はすごかったのね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

※日本語が含まれない内容は投稿できません